子どもの障害に向き合える人に。

やべー。ロンの入学準備がぜんっぜんしていません。やばすぎる(/_;)
なんか結局3月も忙しかったし、やろうと思っていた週にはインフルになるし、予定ズレズレです。あーやばい。気ばかり焦るけど、明日もロンのサッカーだのプールだのあるし

どうしようどうしよう~名前付けもあるけど、袋物づくりもあるしぃ。
布も買ってないしミシン糸も買ってない!
まだ文房具とかで買ってないものもあるし、
書類も書いてない!どうしようどうしよう(焦)

なのにあさってから実家に行くんです~やばすぎるっ

もう~実家にミシン持って行きたいくらいだわ。困った困った。

書きたいことは色々あるけど、精神的な余裕がありません。

ひとつ、全然関係ないんだけど、思ったことを…

子どもに軽度発達障害が疑われた場合。
診断を受けるのかどうか、その子を障害児と考えるべきなのかどうかの
判断の分かれ目は、

その子の現在の状態で、その子自身が困っているのか?
(みんなと同じようにできないことに苦痛を感じているとか…)

周囲が困っているのか?
(しつけができないことに母親が疲労感を感じているとか、友だちに乱暴を働くので、先生や他の親が困っているとか)

現時点では困っていなくても、明らかに将来、本人が困難な立場に立たされることが予想できるか?
(知的に軽い遅れがあるため、早晩、授業についていけなくなることがわかっているとか…)

現時点で、成績に影響が出ているか?
(全科目でなくとも、特定の教科だけ、著しく遅れていたりしないか?あるいは注意集中の悪さにより成績が低下の一途をたどっていないか?)

その子のセルフ・エスティーム(自尊感情)が損なわれるような状況になっていないか?
(友だちからバカにされたり、先生からダメな子あつかいされたり、母親からできないことを厳しく叱られる毎日が続いて、自分に自信が持てなくなり、自分を価値のない人間と考えるようになっていないか…?)


その子にたとえ、自閉やADHDの特徴があっても、
周囲がおおらかにそれを受け止め、
ええじゃないか、これくらい、と思ってくれて、
その子をそのまんま受け入れてくれるようなあたたかい環境であれば、
あえて診断名をつけることもないでしょう…

しかし、診断を受けない理由が、ただ単に、自分の子が障害児と思いたくないだけで、
しかも、一方では子どものセルフ・エスティームを踏みにじるような叱り方ばかりし、子どもを否定するような物言いを、日常的慢性的にするような子育てをしているのなら。

診断は受けるべきでしょう。
そんな状況を放置しておくのは、ある意味、子どもに対する精神的虐待です。
診断名をもらうことによって、子どもに優しくできるようになるなら、診断名をもらうべきです。
(でもそういう人は、そもそも診断受けになんかいかないんだよ~)

診断を受けて、親自身が、考え方を変えるべきです。
ペアレント・トレーニングを受けるべきです。

子どもが思うように育たないことを、子どものせいにするのでなく、
また自分のせいにするのでなく、
それは持って生まれた脳機能のせいなのだから仕方がないことなのだ、
持って生まれたその「脳」と上手くつきあうために、
努力や工夫が人一倍必要なのだということを、知らなければならないでしょう。

一番ダメなのは、ポシ家のような「あきらかな障害児のいる家庭」と
自分たちは違うのだ、と、子どもをまっすぐ見つめることを頑なに拒否すること。

確かに違います。軽度発達障害の子どもは、普通の人間に混じって生きていく
可能性のほうが高い。しかしそれだからこそ、「普通と違う」ことが、
本人の人生を、とても生きにくくしてしまうのです。



最近、ペアレント・トレーニングってとっても大事だな~と思います。
私自身、まだまだ足りないのです。自分の子どもの見方が、接し方が、
まだまだだと思うこと、いっぱいあります。

私は、支援者側の方々に、ことあるごとに「親を責めるな」と言い続けてきていますが、
一方で、親たちに歯がゆく感じることもしばしば…
同じ親ですから、その立場にない人たちよりは、言う権利もあるでしょう、とも思うんですが。

親だって、学ばねばなりません。
どうしたら障害のあるその子どもと、よりよく共に生きていけるのか、
親自身も、それを探さなくてはいけません。

不幸だ不幸だという看板を掲げて、人の哀れみと手助けばかり期待するというのは、
あまりにも傲慢なのではないかと思うのです。


そして、子どもの障害に向き合うというのは、親が自分の固定観念を破壊して、
あらたに生まれ変わるということです。
その勇気があるかどうか…
そのへんで、その人の人間性もでると思います。
どうしても子どもの障害を認められない人というのは、根強い差別意識を
自分自身が持っている人です。

自分の中の醜い部分を直視しないといけないのです…

障害のある子が、手元に生まれてきたのだとしたら、
それは、その人の中の醜い部分を浄化するために、
その人のところに生まれてきてくれたのです。

これは本当に、11年、キムを育ててきた、私の感想です。
キムは私が世話するためにここにいるのじゃない。
私自身のために、ここにいてくれるんだと、本当に思うのです。




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この記事へのコメント

kenママ
2007年04月02日 08:29
>その子のセルフ・エスティーム(自尊感情)が損なわれるような状況になっていないか?
・・・こういうこと、やってしまったことがあるんです。
もっと小さい頃は、公園やマックの遊具スペースでも遊んでたのが。3~4歳の頃から、他の子が遊んでたら遊びたいのに入っていけなくなって。
そういう時期なんだとゆったり構えてやればよかったんだけど、そういう我が子が歯がゆくて、一度マックで「一緒に遊んでこい。遊ばんと連れて帰らん!!」くらいに怒ったことがあって、あれ以来、余計に知らない子と接触できなくなってしまったような気がします。
もう今は、自然と成長してくれるのをそっと見守るしかないなぁって思ってます。

で!!ここにも何にも用意できてない母がいます!!
名前シールがようやく届いたので貼りまくり。
袋類は手芸屋さんで買ってしまいました~(^_^;)
2007年04月04日 23:39
kenママさん、わかりますよ~。「歯がゆい」って気持ち。優しい反面、「男の子なのにぃ」って思ってしまう面も多々あるんですよねぇ。わかります、わかります。でもうちってイトコもそういう子だったし、家系かもしれんなぁ、なんて思ったりして。このことについて、ちょっといい話を聞いてきたので、またupしますね☆
さて、帰って来ていよいよ、始めましたよ入学準備!間に合うのか~ワタシ!(大汗)
Kawaiea
2008年03月20日 04:42
やっとここまでたどり着きました。

「判断の分かれ目」、考えさせられました。
年明けぐらいから預かっている案件が1つありまして。

もうちょっと内容をまとめることができたら、相談に乗ってくださると
うれしいです。
2008年03月25日 21:48
kawaieaさん、亀レスすみませんっ。
相談…に私が乗れるかどうか(なにせkawaieaさんが向き合ってらっしゃるお子さんの年齢よりうちのほうがだいぶ小さいですから)わかりませんが、大きいお子さんをお持ちの先輩もたくさにるし、私で役に立てることがあれば、いつでもお話くださいね!一度飲み会企画しましょうかねぇ~(笑)

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