映画「イン・ハー・シューズ」~主人公は読字障害~

キャメロン・ディアスの「イン・ハー・シューズ」を見ました。レンタルで。
こりゃいいです。いい映画です。お勧めです。
まだ新作扱いになるので、すぐ返さなくちゃいけなくて、1回しか見られなくて残念。またいつか改めて借りて、じっくり見たい映画です。

ある障害者関係の冊子に、紹介されていて、映画に詳しい友人きょろちゃんからも「面白いよ」と言われたので、見てみたのですが…こういう映画好きです。大体、おばあちゃんたちが出てくる映画スキ。この映画にも、かわいくて鋭くて、おしゃれなおばあ様たちが、おおぜい出てきます。

「イン・ハー・シューズ」このタイトルは、キャメロン・ディアス演じるスタイルと美貌だけが自慢の妹マギーと、弁護士をしていて色気やしゃれ気のないハイミスの姉ローズ(トニ・コレット)は、まったく共通性がなくって、同じなのは足のサイズだけ…っていうことから来てるんですが、実は慣用句で「以心伝心」のことらしいです。あまりにも性格が違っていて反発しあうのだけど、なぜか許しあってしまう二人、どこかいつも、心が通じ合っている…そういう意味合いもあるのでしょう。

この、美貌でスタイル抜群の主人公は、実は「読字障害」というハンディキャップを抱えているわけです。読字障害はLD(学習障害)の一種で、あのトム・クルーズもこれだというのは、有名な話です。いわゆるディスレキシアというやつです。他にこの主人公マギーは、計算も苦手と言っていました。これもLDではよくあることです。ごく単純な計算ができないのです。黒柳○子さんが、この部類のLDであると聞いたことがあります。LDの人というのは、知的には高いにも関わらず、読み・書き・計算のうちどれか、あるいはいくつかに関して困難を抱えています。

他の点ではまったく普通であるにも関わらず、「読めない・計算できない」という特徴を持つ彼女は、コンプレックスを抱えて生きています。アメリカには学習障害専用の学級(あるいは学校?)があるらしいのですが、彼女が「バカの学校」と自ら言っているくらいですので、やはりアメリカでも、そういう学級に対して、偏見やイジメ、からかいがあるのでしょう。

彼女はそのハンディキャップのせいで職を転々として、どれも長続きしません。レジで15%OFFのクーポン券を出されて、計算できなくて客にののしられるという回想シーンが出てきますが、こうしたひとつひとつの積み重ねが、彼女の自尊心をボロボロにしていったことは容易に想像できます。結局彼女は、ケチな盗みや、男をたらしこんでおごらせる、なんてことを繰り返すという自堕落な生活を送っています。

でも決してそういう生活を望んでしているわけではないんですね。自分でも職を探そうとあちこち回るけれど、うまくいかない。でも本当は自分もちゃんとした仕事をして、認められたいわけです、姉のように。姉は姉で、知的な職業を持っているけれど、容姿には自信がない。お互いに自分が望んでも手に入れられないものを持っている姉妹は、ぶつかり合い、妹は行くところをなくして、ずっと音信不通だと思っていたフロリダのおばあちゃん、エマを訪ねていくわけですが…

エマおばあちゃんが住んでいるのは老人ホームの一種だとは思うのですが、とってもキレイで、プールなんかもあって、かなりお金持ちの老人の入るところ?みたいです(こんなホームなら入りてぇよ)。フロリダは気候がいいので、実際にこういうシニアが沢山暮らしているんですって。いいなぁ。一部富裕層の話しだわな。エマおばあちゃんというのが素敵な人で、朝岡雪路みたいな感じの人だなぁ…と思っていたら、なんと大女優シャーリー・マクレーンなんですね。この人との交流、そしてホームの老人たちとの交流を通して、マギーは変わっていくのですが…

マギーが変わるきっかけになった重要なファクターのひとつが、老人医療センターみたいなところに入院している盲目の患者との出会いです。遊んでないで働くようにエマに言われて、マギーはセンターで患者に食事を運ぶ係をするわけですが、そこでこの老人と出会います。この老人は、自分は目が見えないから、マギーに本を読んでくれと、何度も頼むんですね。しかしマギーは、文字が書いてあるものは、当然ながら敬遠するわけです。

でもある日しょうがなく、「読むのが遅いのよ」と言い訳しながら、少し読んでやる。すると、本当にちょっと読んだだけなのに、その盲目の老人が、「読字障害か」と看破するんですね。大学の教授だった、とその老人は言います。

恐らく、発達障害を専門分野とした教授だったのでしょう。運命的な専門家との出会い。これが彼女にとって本当に重要な転機となるわけです。

そんな偶然ってあるわけないと思うかもしれませんが、私はこの世界にいると、そんな偶然はあるもんだ、と思います。偶然の積み重ねみたいなものなんです、全て。それが幸運か不運かで、随分と道が分かれてしまいますが…

老人は、マギーを優しく励まして、詩を読ませます。そしてその内容を読解させる。そして最後に、「Aプラスだ。」「君は頭がいい」と言うんですね…

そのときのマギーのうれしそうな顔。ニコニコしながら、スーパーで、エマに料理を作るために買い物をするのです。こんな単純な褒め言葉が、彼女をここまで幸せにします。それまで「バカだバカだ」と言われて育ってきて(普段は気を使って言わない姉も、ケンカしたときは、妹の一番痛い部分であるLDのことをネタにののしったりする)、コンプレックスにまみれて生きてきた彼女。でも一人の見知らぬ老人が、「君は頭がいい」そう言ってくれたというだけで、マギーは初めて「自己肯定感」を持つんですね。これがまさしく専門家の仕事です。

岡大の佐藤暁先生が「イケてる自分」とか「イケてる感」という言い方をするらしいですが、つまりこれも自己肯定感のことを指しているわけですね。「自分はやれば出来る人間なんだ」「そんなにダメな人間じゃないんだ」「実は結構すごいんだ」そう思えると、やることひとつひとつに自信が持てて、生きることに張り合いができ、プラス思考に転じるでしょう。チャレンジ精神も沸いてくるでしょう。人の言葉って、本当に重いですよ。親や教育者は、それを特に自覚しないといけないと思います。

私自身の経験から言っても、人から「不器用だね」とか言われた言葉が、刷り込みのように自分を縛ってきたと感じることがあります。実はそんなに不器用じゃないのに。言った人は、どうせ深い意味もなく、言ったことすら忘れているけれども、子どもの心にはそれがひとつひとつ染み込んで、長い間にはがんじがらめに縛られていくのです。

「ほめて育てる」そんなこと出来ないよ~って叫びたくなるけど、本当に、ほめて育てないといけないよな。つくづく思います、こんな映画を見ると。私の言葉かけのひとつひとつが、キムやロンの世界を広げるか狭めるか、決定してしまうかもしれないのですから…(でもね、本当は、親の言葉よりも、他人の言葉のほうが、強く影響するんだよね)

この教授と出会った後、老人ホームで、マギーは自分に合った仕事を見つけることになるのですが、この教授との出会いによって自己肯定感を持った彼女が、自分の持っている能力や自分自身の価値に気がついていった結果なんだと思います。

最後にマギーが、姉のローズの結婚式で詩を読むシーンは感動的です。これこそ「障害の克服」ハンディキャップを自らの力で乗り越えた姿ですね。

自らの力で乗り越えられるハンディならいいんだけどなぁ…残念ながら、知的障害のある自閉はそういうわけにはいかないのが、つらいところです。でも、自己肯定感を育てるのが大事なことは変わらないはず。そういう気持ちが、本人の安定につながるのも、一緒です。「言葉」を大事にしないとな…あらためて、そう思いました。ついつい、障害のことについて長々と書いてしまいましたが、それが主たるテーマではなく、姉妹の愛や祖母と孫の愛がテーマです。見終わって、心の中があたたかくなるような、いい映画でしたよ☆

後から調べたら、ベストセラーとなった原作もあるみたい!これは読んでみねば、デス♪イン・ハー・シューズ

この記事へのコメント

モカ
2006年06月10日 19:12
「イン・ハー・シューズ」観たくなりました。ミセスの文章好きなんですが、今回のはプラスAですね^^とても好き。
2006年06月10日 23:32
あら、そうですか(笑)
お褒めいただいて恐縮です~♪

この記事へのトラックバック